フィッ子

ディナミによる日々の糞と屁の集積所

penifikko

6/21


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仕事帰りにホープケンにスピードイルを見に行ってきた。客層がアラフォー世代で体がムチムチしてでかく、肌の質感にハリのない人が多く、自分も漏れなくそちら側の属性なのだが、これはやばいなと感じた。のっそりしていて、覇気がない。その代表格とも言える荒川良々が来てて何故か途中でdjしてたが体がでかく、djは下手で、ほぼ良くなかった…。

20分押してスピードイルのライブが始まった。2006年くらいのエレクトロニカをさらに削ぎ落としてトーンダウンさせたような感じだった。座ったスタイルでラップされていたが微妙に見えた。客も体育座りして聞くのがおれはなんかなーと思いつつ、現行の若いラップ音楽とは明らかに違う、寂れた道を歩んでいて、踊らせることは意識されておらずホープケンの床向けのフォーキーな叙情的なラップでフィット感あった。それは流行には歩みを寄せない頑固な感じでもあった。(客席最前列にはおなじみの佐伯さんのお姉さんがいてはった。昔よくお見かけしたものだ。)イルリメさんはツイッターみたいに英語でしゃべるよくわからない人になったのかと思ったら日本語で喋っていた。でも話しかけづらい雰囲気だ。独特の声の張り方はさすがだったが、前半ラップトップを見ながらのとつとつとした声は客席を見据えず、下を向いてる感じだった。おそらく照れがあった。スピードメーターの人はこんな顔だったのか…という顔面の感想と古臭いながらもいいトラックが多かった。

そのあとロボチュウさんのライブを見た。サポートミュージシャンの方がテクニカル面ですごくて、笛や鉄筋、ウクレレなど生楽器を勢いよく演奏していた。それに合わせたラップは歯切れが悪く、浅く、全体的に古臭く、田舎の、ロハスなおっさん向けの空回りした音に感じた。更に、座って聞けとのことでそこがまた引っかかった。踊らせることは考えられていない。最後の方で昔のダスザマイクか何かの懐かしいリリックをラップされていたが言葉の潤い具合が違っていて、やはり昔の脂の乗った頃の曲をどんどんやってほしい。ダサくなってもなお続けていくしかないミュージシャンの性のようなものを感じた

 

6/6 セラプー!!!サーキット

ペフでグループ展示してるセラピーサーキットことマイクロピエゾさんが俺のことを呼んでると笹島に言われ、顔を出してきた。うちのプーも連れていった。
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(念願のプーと会えて喜んでもらえたと思う。セラピーサーキットがプーにコインセラピーを行ってるところ。)

 

映像の展示、幼少期の原風景の断片をCGで作ったものが特に印象深かった…深みのあるシンプルな映像でした。シアトル伊丹往復14万。3週間の休暇が取れる仕事。アメリカの北西の自然の多く静かなところらしいです。行ってみたい。本人も静かで品のある人でした。


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プーはタコスを食べていて
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「うまいね…亅としみじみ言ってました。

 

 

6/2


6/2日曜日、
急に思い立って伊勢に行くことに決め、朝から名神高速に飛び乗った。途中休憩を挟んで2時間少しで着地。まず外宮の駐車場に車を停め、外宮と周辺を見てきた。涼しく、曇っていて歩きやすい。人も多い。遷宮用に社と同じ面積を横に取ってあるのがかっこいい。あと雑草が生えてないのが手が込んでる。
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(こんな感じで数十年後にはこの土地に新しく社を建てる。今は仮の小さいミニチュア社が建てられている。)

ドマさんにうまいと聞いていた森スパの店の前まで歩くがどえりゃー行列で諦めた。
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その近くにラーメンポー子チャンがあって味は期待できないが面白味があるので入ろうとしたが日曜定休っぽくてやってなかった。適当な喫茶店みたいなところでとりあえず伊勢うどんを食べ、まあこんなものかと感じた。(あれは混ぜそばみたいに汁と麺を混ぜて七味を投下して焼きうどんみたいにして食べるんやろね)そして
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伊勢駅前をうろうろした。感想。
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(犬がでかいだろ…)


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(ここの本屋は洒落てた。本町トイブックスくらいの坪数だった。何も買わず。同じ階に囲碁会館みたいなのがあって子供と爺さんがいた)

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(名前が良くない、だめ。)


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(国民総参宮とは大きく出た。国家神道主義。)


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(ここのおもちゃ屋は中を覗くと花火ばかりだった)


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(一見良さげだが、お店はほとんど定休だった)

と、このようにこれと言って何もなく、

伊勢のロウなサラサラした圧に精神がやられてきたので内宮に移動した。

こちらはさらに鬼混みで駐車場も遠いところのやつになった。心底疲れてきた。
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ポツポツ雨もふってきたが雨具一切なし。おかげ横丁で虎やのういろうと赤福もちを買った。あらゆる層がいたが、中でもやたら清原みたいなヤンチャな50代のおっさんが多く、なぜか若い女連れて手繫いで歩いてるのが散見された。神宮の中の厳かさと、すぐ外に広がるおかげ横丁の下世話感の落差が良い。(数年前に来たときはオボが牡蠣をたらふく食ってたのを思い出した)

 


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雨もきつくなってきてそろそろ身体もボロボロになってきたので伊勢といえばのマサイさんのニチョウメパラダイスに向かった。車をどこにとめるかでいつも迷う。


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雨はどんどんひどくなってきた
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ニチョウメパラダイスに入ると程よく人がいてていい塩梅の空気だった。

中村保夫さんはこんな顔されてたんだなあと思った。
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ニチョウメパラダイスのオーナー、マサイさん(写真なし)の歓迎パワーに圧倒された。酔われてるのか、僕のことを会場の皆さんに紹介されるのだが、ほぼ全員にガン無視され(仕方ない)るのでこの場から逃げたくなった。僕は誰にも紹介されるべきではない。社交場では記憶に残らない何者でもないです。(ただの民間人だと捉えてほしい。)

ほんで、飲食ブースのトムヤムクンなどのセットを頂き(美味でした)、マサイさんのこれまでの経緯話を伺った。いい話も多く録音しようかと思ったけど、やめました。これは俺の心にしまい込んだ。どしゃ降りの中、庭のパラソルの下で飯食いながらこれまでのマサイさんの熱き想い、伊勢に来てからのことなどを聞きまくったった(背中は雨で濡れたが…)。マサイさんの優しく面倒見のいい人柄と皆に信頼され愛されてここまで続けてこられたというのが頷けたし、何より素晴らしいことだ。とんでもなく面倒見がいい。この一言に尽きる。。このところ自分は絶望しかなかったがまだ世界には信じられる人や場所がいる(在る)と気づかされた。伊勢神宮にお参りに来たつもりが、マサイさんやご家族、伊勢の皆さんにパワー頂いた。

 

フロアにはプラ製の松永(写真なし)が居て挨拶してくれた。彼は神道学部の大学生で伊勢神宮のこと詳しいだろうと思って質問したが、全てにおいてほぼ「わかんないっす…亅的な返答だったので残念だった。バイト先(ガソリンスタンド、レギュラー、リッター133円の激安。時給良し。)でのパワハラ話など涙ながらに語ってくれた。

中里丈人さんの記念碑ファイル見たり、丈さんの話も少し伺った。人に迷惑をかけまくるムチャクチャな人でも才能があれば何かしら愛され、受け入れてもらえる土壌がこの世のどこかに存在するんだな…と感じた。


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他にもいろいろな話を聞いた。とにかくマサイさんはリスペクトしかない。いろんな人がいるもんだ。

 

帰りの車、2時間運転していて、雨も降りしきっていて、時空が歪んで自分の住むタイムラインに戻って行くんだなという感じがすごいした。デロリアンに乗ってる感覚…。伊勢の異空間さを肌で感じた。速くて長い2時間少しの距離だ。早くまた行きたい気持ちで満ちている。

 

 

 

 

 

 

 

 

出川晋さん

出川晋さんの展示を見てきた。天下茶屋の山本製菓にて。出川さんのことは何も知らなくて去年の仙台のヒスロムの手伝いに行ったときに3人から出川さんの話をやたら聞かされてた。仙台のオープニングの時にも参加されていたらしい。
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左の拡声器を担いだ人だ。体を張る感じの人のイメージだった。山本製菓は行きにくく、入場料(500円)がかかるのでなかなか足が遠のきがちだが、頑張って踏み込んでみた。入り口部分が横の勝手口になっていて入ってすぐに入場料を徴収された。出川さんもいらっしゃった。挨拶もそこそこに展示を見させてもらった。


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執着をテーマにされていた。↑の6畳間を斜めに立てかけててびっしりとモノが整理され並べられてるやつは窃盗犯が捕まったあとに体育館に盗んだものをずらっと並べられたやつの感じもした。窃盗犯も出川さんも並べまくって己自身を投影していた。

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このぬいぐるみとドライフラワーを並べた作品は祭壇になっていた。ぬいぐるみの話を聞いてみた。中1ごろまでぬいぐるみ(30体ほど)を溺愛していた(風呂にも一緒に入っていたそう)出川少年はある日帰宅すると突然親に(事前になんの説得もなしに)ぬいぐるみをゴミ袋に入れて捨てられていたそう。普通ならブチ切れてもいいくらいの事象だと思うが彼は親に対して怒らず(思春期なのかもしれん)、静かにそれ(ぬいぐるみたちを一斉に捨てること)を受け入れたそうです。その辺が僕は理解不能でしたが(僕は高1でプーを買ってもらったという真逆の人間でした)、出川さんはそれを淡々と語ってました。今回展示しているのはそのときのぬいぐるみたちそのものではなく、近年になって集めた(そこがストーリーの強度に欠けてるかもしれんです…)ぬいぐるみ達でそれを祭壇のように奉ってありました。記憶や思い出を葬るようでした。プーやその他クマのぬいぐるみ、リアルなクマの毛皮、くまの頭蓋骨などが飾られていてその下には家族の顔面をランダムに刺繍した布(お母さんが一ヶ月半かけて刺繍してくれたそう)がかけられていた。ドライフラワーは彼の仕事(舞台の仕事)で貰った花輪の花を乾燥させたらしい。過去の思いやら含めて清算したいように感じられた。


f:id:theyare:20190525143336j:imageその後

映像作品がアクシデントで見れなくて出川さんが唐突に「熊の脂身を食べてください亅と皿に盛り始めた。4月に知り合いのつてで新潟に狩猟(マタギ)体験に行ってとらえるのを手伝ったらしい。免許はないので銃ではなく声で追い詰める手伝いらしい。今田東野のカリギュラを思い出した。
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茹でた脂身を味噌で味付けしたやつでしたが絶品でした。思わずビールをオーダーしてしまうコクのある、それでいてサラリと食べられる脂身。臭みもなかった。
猟師の話を一通り聞いたがとても興味深かった。商売ではなく、昔からの慣習で続けてるらしいのがまたいい。
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同じくまのぬいぐるみ好きとして気になったのは「殺したクマを己でさばいて食うことに対しては抵抗はなかったのか亅ということ。現場では抵抗なかったそうです。腸もきれいに洗うらしい。解体の際の臭いはそれなりにすごいみたいだった。

一番ぐっと来た話が熊の胆嚢(くまのいというらしい)が驚くべき高値で売れるという話。バイヤーが買い付けに来るらしい。
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これを乾燥させて叩いて

粉状にしたやつが売れるそうです。漢方薬というものは科学的に認められてないらしいが二日酔いやその他諸々に力強く効くらしい。f:id:theyare:20190525144719j:image

ちょうどその時韓国のドヨンさんから出川さんに電話があり話を聞いてると「エベレスト登るのは断念した亅「肺の病気亅「タバコは吸いまくってる亅「仙台で展示をやる亅的なことを言ってて謎すぎた。この人は仙台でも少し会ったがあらゆる能力の高い謎の多い方だった。


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DVDを早急に焼いてもらってようやく見れた映像作品「梱包マン亅は鴨川くいな橋辺りを流れたり階段を高速で転がり落ちたりしていて痛快さと悲哀と男の情けなさが詰まっていた。


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帰りに徒歩で阿倍野まで歩く途中、花街を通ったがとてつもなくいい匂いがした…。今夜は金曜の夜だ、仕事帰りの若いやつが大挙して軒先を物色して歩いていた。この一帯だけはゴミ一つ落ちていない清潔感のある道路だった。

 

 

「セレブレーション展」

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http://www.kac.or.jp/events/25636/

http://www.kac.or.jp/events/25646/

 

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京都芸術センター「ポーランド芸術祭・セレブレーション展」に於いて4F茶室で開催されている山本麻紀子(まっこい)さんの展示で無料配布している「だいだらぼうとホリバーンとは?」という案内ペーパーの作成をお手伝いしました。暴力的かつ力技です。読みにくいですが是非眺めてください。今回のまっこいさんの映像作品はエピローグ的なものに見えました。彼女は現在今まさにポーランドに飛び、巨人サイズの歯を背中に担いで2000m級の雪山(巨人が横たわるように見える山)に挑戦されているそうです。預言?架空の理想図がレイヤーを増し、わけのわからない方へと転がって信憑性を増してきてます。皆で信じるしかない。展示は6/23まで。

0516

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さかのぼるが、先週木曜日に芸術センターの(セレブレーション展の)ヒスロムの搬入の様子を見てきた。土曜から展示だというのに完成までまだ時間がかかりそうだった。展示はおそらく重量物はなさそうで、ポーランドでの活動を時系列に配したボード作成に苦労されていた。(現時点でまだ展示見れて無い。)昼だったので近場のイタリアンなラーメン屋について行って一緒に食ったがおれの食ったやつが親子丼の出汁のような甘い和風スープのラーメンで残念だった・・。

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モルタルを打ったでかい板に文字を転写していく地道な作業。山中スープレックスの方(名前忘れた)と肥後さんという京芸の学生さんがサポートされていた。肥後さんはめりすのことをうっすら知ってて、「写メで見たことあります。京芸には置いて無くて造形大にだけあるんですよね?」とわけのわからないことを仰っていた。写メで出回ってるのか・・。どういう閲覧方法なんだとうなだれつつ、京都だとジェットセットさんやDOMAさんに置いてると伝えておいた。「めりす作ってるやつは意地汚いニートのおっさんだぜ」と学内で言いふらしておいてくれと伝えた。すると

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俺のスマホに見知らぬ電話番号から着信があり留守電を聞くと昨日面接した玉造の会社だった。うーんと悩んだ末にとりあえずここで働くことに決め、電話を折り返した。ヒスロムの3人にもセレブレーション(!)してもらった。

※3人はまたポーランドに旅立ったようです。展示で配られているペーパーがとても良かった。物語絵巻のようだ。

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野村

同じく木曜日に植物園のやつ(生きられた庭)気になったので見に行ってた。(https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/19704)タイトルの日本語のゆがみが気になる。キュレーターのひとの足元のエアマックス720が輝いていたのと野村さんの作品がよかった。巨大な段ボールだった。4段あるやつが自然の重みで会期中にへしゃげてしまうということでおれの見た時点では中の2段は押しつぶされていた。

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この作品の写真を撮ってる白髪のじいさんがいておれが邪魔だったらしく「ちょっと兄さんどいて」とか言われて「なんや!!このじじい、偉そうに…」とか思ったがキュレーターの人がじじいを指さし「作者の野村さんです」と紹介し、じじいは帽子を脱いでぺこっと頭を下げていた。まじか。ヒヤヒヤした瞬間だった。(あと2秒遅かったら野村さんの首を締め上げてるところだった。)キュレーター(何人もいる)の案内は当たりはずれがあるのかもしれないが、作品の紹介よりもこの京都市植物園の特色や見るべきところなどの紹介が中心で、「作品については各々感じろ」的なことだった。案内図を見てもよくわからない、たどり着けない作品(音だけもの等)はキュレーターが居ないとイミフだった。ていうか、地図を見ながら作品を探して歩き回る観方は間違っているのかもしれない。植物園を見に行くのがメインであるべきで偶然歩いてて「よくわからないものに出会う」ほうが楽しそうだな。でもそんな悠長な時間も無いのが本音だし、だだっぴろい園内を地図片手に早足で歩くことしかできなかった。

 

0518

5月18日、芸術センターの谷中さんのパフォーマンスを見てきた。彼はめりすの卒展評論特集において特に印象に残ってた人(ほかに印象的だったのは迎(ゲイ)くらいだ)で、たしか岩かコンクリの塊に穴をあけてそこにミカンやリンゴなどを埋め込んだ作品で青果だけが腐敗していくような作品だった(はずだ。別の年も野菜を使っていた記憶があるし、崇仁小学校の入口にも野菜とコンクリの複合作品があった。

野菜は風景をひっくり返す Vegetables can turn a landscape inside out | 谷中佑輔 / Yuske Taninaka を参照のこと。)かのぎぼん正造も一目を置いている存在。それくらい特異な存在感があった。2014年に「舞台がぼんやり~」の際に偶然顔を合わせる機会があって谷中さんも何となくうちらのことを知ってくれていた。でも何年も名前を見かけなくなっていて

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どうやらこの数年はドイツに拠点を移しているらしく道理で見かけないはずだ。久々に動向を確認できると思い、見に行った(千円札を握りしめて)。

事前情報として1時間喋りっぱなしだというのを聞いていたが、実際のおれの感想としてはテレビ番組の「TED」みたいなやつだった。東アジア(日本海)の(商業)捕鯨の歴史を紐解く的な内容だった。彼は台本片手に英語でスピーチし、後ろのプロジェクターにセリフと連動した日本語字幕と説明的な映像が流れる仕組みだった。ステージには鯨の骨を模した梵鐘のようなものや鯨の顔の鐘つき棒、くじらの解体を想起させる回転オブジェ(下には固形の鯨油のようなものが蓄積してる)が展示されていた。

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感想。谷中さんの英語の発音はうまかったが客のほとんど日本人なのに非母国語でスピーチする意図がよくわからなかった・・。あのステージがインターナショナルな場だと仮定し、日本人以外の諸外国人に向けてやってたのかもしれんけど・・。そういう勘繰りするのもしんどい。おれは英語がわからないので日本語字幕を眼で追いかけるだけだったが、字幕の表示がミスしまくってて最悪だった。それよりオブジェ、特に梵鐘の質感はやばかった。重量感のある彫刻は威圧感が圧倒的だった・・。

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スピーチにあわせた映像はチープだが味があったし、現地取材の映像もよかった。スピーチしながらオブジェを降ろしたり動かしたりしてて緩急入れていた。蔚山というかつて捕鯨が盛んで「犬も1万ウォン札をくわえて歩く」ほど、お金が潤っていた話が良かった。その犬の像が蔚山にあるらしい。(参照:http://mursak87.hatenablog.com/entry/2017/05/16/132732)ほかにもいくつかの韓国の都市についての説明。日本の興した東洋捕鯨株式会社と戦後の取り扱われ方。

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ぼんやりと捕鯨の歴史は何となくわかった気になったが、心は満たされなかった!オブジェは完成度高くパフォーム後に写真を自由に撮っていいのが良かった。おれはその後、挨拶も何もせずにそそくさと帰ったのでした。



きのう(5月11日)西部講堂の高瀬泰司のイベント行ってきた(より子さんに教えて貰った)。大駱駝艦麿赤児が踊るらしく、それもタダで観れるとのことだったので眼の色を変えて向かった。片道チャリで一時間、滞在時間も一時間だった。着いたのは19時ごろ、西部講堂はひっそりと静まり返っていて入り口付近に数人が立ってるのは見えたがとても静かだった。果たしてイベントなどやってるのか不安だったが、中に入ると60歳以上のおっさんたちがびっちりとひしめきあっててみんな座ってた。壮年の会合だった。7割以上の客がじじいで登壇者もじじい2人。トークショウは昔の安保闘争時代に高瀬泰司という人がいかにオモロイことを京大で行っていたかというものだった。俺は全く高瀬という人のことは知らなかったが話は面白く聞き入ってた。客席からの野次がうるさく「いいぞー!」「ナンセンス!」とか狂喜の雄たけび、左京区っぽさがあふれていた。その後、麿赤児が登場し、白塗りで少し踊り、皆カメラを向けまくった。そのごちょっとトークしてたが何を言ってるのか聞き取りにくかった。その肉体は筋肉質で非常に絞られていた。76歳?すごい努力している感じだった(踊り自体は無料イベント向けの動きに見えた。まあ見れただけでもよかった。)そのあと

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高瀬の奥さんであり伝説の喫茶店「白樺のマダム」が登場し、客席のじじいたちは「ウオオオオ」とうなり声が上がっていた。意味分からんかったがすごい人なのだろう。そのあと高瀬の孫という女(オーバーオール着用、20歳)が登壇し、ずけずけと喋りはじめた。高瀬の死後に生まれたというその子はフリーターでありながら吉田寮の学外生らしく、急に「吉田寮が当局からの圧力に反抗して頑張ってるトーク」が始まり、わたしたちを応援してくれといわんばかりのアピールだった。「わたしも祖父、高瀬泰司のように学内におもろい場所を作って遊んでます!あの頃の泰司のように!どや!」みたいなことをいいたいのだろうが、まずはテメエ京大に入ってからやれよ、あまえてんなよクソがという感想しかいだかなかった(ひねくれててすいません)。テメエは赤の他人だろ、何勝手に吉田寮にパラサイトしてんだよこの野郎、と。一介のフリーターに日本第2位の国立大の国有地を自由に使わせる余地も義理もねえだろ普通。その辺りがまず大きな疑問だった。三条大橋の下でやってろよ。おもろいことをするのは自由だが吉田寮とか京大とか言うあらかじめサブカル的な価値づけされた解りやすい場所でお遊戯してんじゃねえ。もしくはやるなら適当な国有地、府立大学のキャンパスで一人でやってろ、京大病院の駐車場で叫んでろ、東九条の更地で夜中に叫んで襲われてろ。淀の河川敷で小屋立ててやってろ、等と思いました。吉田寮も全員追い出されて当然だろ・・。まずは3浪して京大合格してから寮を自由に使う権利を主張しろ。

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でも会場の爺たちは盛り上がってて?その女に対してだれも「ナンセンス!」「カエレ!」「アホー」などとは叫ばなかった。お前ら優しすぎるもしくは何も考えてねえだろ・・。まじで京大界隈は腐ってると思った。半世紀近く進歩してねえ。昨夜あの建物自体、ジジイたちもろとも燃やして灰に帰すべきだった。

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メリスハイク2019、一回目、愛宕山

家から清滝までチャリで片道1時間と少し。

登りは2時間、下りは1時間半。

財布を家に忘れ御札は買えなかった。

駐車場は大行列で連休の山登り欲の沸騰を感じた。


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足腰がきつく、後悔の念が襲う

お婆でもヒョイヒョイ登ってるのを見るにつけ、凹みまくった
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途中で軍手を無くした、が

帰り道で片方だけ目立つように枝に刺して

くださってて(どなたか知らないが)

感謝。でも左手は見つからず。

今思えば登ってるときにはるか後ろの方で

俺に向かってなんか叫んでんなーと

いうことがあったのだった。が、オレは

面倒くさいのでシカトしたのだった。

あの時叫んでたやつが「左の軍手を落としましたよー!亅

って叫んでたのだとしたら。

後悔しかない。


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まだまだ台風の爪痕激しく

でも登山道はきちんと登れる状態になされているのに少し感動した。



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途中で山ガールを何人か見かけたが

少しギャルっぽいというか

化粧のどぎつい茶髪女がアウトドア服に

身を包んでいたのが散見された。


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山用に初おろしした靴が右足だけ合ってなくて

むちゃくちゃ足が痛くて

とにかく疲れた。

山頂は山桜みたいなのがまだ咲いてて

少し涼しく、心地よく

初夏の登山はこれが堪らない。

夏も近づく八十八夜。
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帰宅後、djのおそいさんに呼んでもらって

外へ遊びに行った。外のコヤノさん植松さんに深々と頭を垂れた。。

ちゃんと働いてしっかりお金を落とせるようになりたい。

一人目の女の人、名前もわからない人でしたがよかった。ヒートテックみたいなのだけ着てるのも体のラインが出てて良かった。

その後のおそいさんの選曲がポジティブなねっとりしたハウスなやつで3時間くらい踊りながら聞き続けたいやつだった。フロアはカチコチだったが良かった



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翌日にライブされるぼんのうのむくろさんがフロアにいらっしゃって初めて少し喋れたがとんでもない人だった…

外の外で喋ってると唐突に日本語が片言のオバハンが赤いナイロンハンドバッグをぼんのうさんに押し付けてきて(!)俺は一瞬たじろいだ。新手のドッキリかと身構えたが違った。「ファスナーが開かないので助けてくれ亅とのことだった。僕とぼんのうさんで協力してファスナーを開けてあげた。裏側で歯が噛んでる状態たった。オバハンはペコリと頭を下げていた。ぼんのうさんがオバハンに「あなたのお名前は?亅と尋ねると「サイトウ…亅と言って逃げていった。ぼんのうさんは「僕は変な人を呼び込むんですよ亅とおっしゃってた。先日も東京ではターバンをした外国人に手相を見せろと言われたらしく、手のひらを見せると「あなたは考え過ぎだ亅と言われたそうだ。ぼんのうさんは機会があればいろいろ話聞きたい。佐藤薫の話をもっと聞きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身銭切り切り人